先生のためのセミナーレポート


テーマ: エネルギー・環境教育セミナー
開催日時: 平成22年11月25日(木) 14:00〜17:00
場  所: 福井県生活学習館「ユー・アイふくい」多目的ホール 他
主  催: 経済産業省資源エネルギー庁
後  援: 文部科学省、福井県教育委員会
主  管: 福井県環境・エネルギー懇話会
中部・北陸・近畿地区エネルギー教育推進会議
(財)日本生産性本部・エネルギー環境教育情報センター
■基調講演

演 題:

「エネルギー・環境教育の意義と実践のヒント」
講 師:

北陸電力エネルギー科学館サイエンスプロデューサー
戸田 一郎 氏

講師プロフィール:

1965年 千葉工業大学 卒業。
1974 年より富山第一高等学校教諭。2002年より北陸電力エネルギー科学館サイエンスプロデュ―サー、現在に至る。
主な研究は、「霧箱を使った自然放射線の飛跡観察」「摩擦による発火法の研究」他。
主な著書は「近代科学の源流を探る」「たのしくわかる物理実験事典」他。

(要旨)

 私は約30年間、高等学校の物理の教員を務める間に、エネルギーと環境をどう教えればいいかといろいろ考えてきました。今日は電気ができるまでの実験と将来どうあればいいかということを生徒に考えさせるための私の教材を披露します。

はじめに

 最初に「宇宙から見た世界の夜」というスライドをお見せします。アメリカ、ヨーロッパ、中国の一部と日本は夜も煌々とエネルギーを消費しているのがよく分かります。エネルギー教育の目的は「化石燃料が枯渇し地球が温暖化していく中、持続的な発展を維持するためにはどうすればいいのかを考えさせること」に尽きると思います。
「電気をこまめに消して省エネに努めましょう」というのは、理科教育ではなく、人が当然わきまえるべき“しつけ教育”です。エネルギーを科学的に理解し、それに基づいて環境を考える態度を養うことが理科教育に望まれることではないでしょうか。

(日本のエネルギー自給率)― 現実を冷静に見つめさせよう

 日本の食糧自給率は40%だと言われますが、エネルギーの自給率は4%。原子力を国産エネルギーと考えたとしても自給率は18〜19%という非常にぜい弱なエネルギー基盤の上に日本は立っています。ではどうすればいいのか。端的には、私は原子力発電の有用性を生徒たちに教えていかなければいけないと思っています。

(二酸化炭素の排出量)― 分かりやすい教材の工夫を・・・

 私たちはよく1kW/hの発電をすると何キログラムの二酸化炭素が出ると言いますが、それを子供たちに何キログラムと言ってもなかなかぴんとこないと思います。私は一つの手だてとしてヘアドライヤーを使っています。ヘアドライヤーは大体800〜1200Wのものが普通ですが、1kwのヘアドライヤーを1日10分間、6日間使うとちょうど1kW/hになります。
 日本における発電所の二酸化炭素排出量は平均して1kW/hの発電に対して0.4〜0.5kg程度発生するそうですが、それを量で表すと「直径75cmぐらいの球」状になります。テーブルの高さが70〜80cmほどありますので、テーブルの高さがぐらいが球の直径になります。大きなバルーンを膨らませて見せることも有効ではないかと思っています。

1.実験を通してエネルギー環境を考える

 今から実験をします。実験の順序は「静電気→電池→コイルと磁石→白熱電球→蛍光灯・LED→放射線」という流れになっています。

実験@静電気

(静電気にはプラスとマイナスがある)― 空気中で金箔を舞わせる

 生徒はよく下敷きをこすって「静電気がたまった」と言いますが、静電気には+の電気を帯びた場合と−の電気を帯びた場合があるということを理解させるために、私はアクリルパイプをキッチンペーパーでこすって+、塩ビパイプをキッチンペーパーでこすって−の電気を帯びることを利用し、これに金箔を使って演示実験をします。+・−の電気の存在はコンデンサを教える前に理解させておくべきだと思っているからです。
  金箔は高価のように思いますが、裁ちくずだと小びん1杯1000円ほどで買えます。アクリルと塩ビの2本のパイプを別々に紙でこすり、金箔を竹箸(竹は静電気を帯びにくい)でつまんで空中に放りあげ、左右の手にそれぞれ1本ずつのパイプを持ち、塩ビパイプ、またはアクリルパイプのどちらかを金箔に近づけるとパイプに近寄ってきますが、他方のパイプからは離れようとします。金箔は投げ上げたときから+・−のどちらかに帯電しているので、このように、長いアクリルパイプと塩ビパイプを使って空気中で、あたかも金色の蝶が舞うように金箔を操ることを導入実験として静電気を教えます。摩擦による+・−何れの帯電かはクーロンメーターで確認します。

(静電気を理解させる)― 身体全体で静電気を起こさせる

 兵庫県高砂市立北浜小学校の高田昌慶先生が開発された実験を紹介します。
  ウールのセーターとポリエチレンのジャージーを着た生徒2人がそれぞれ導電性の金属棒(ボルトなど)を持ち、発泡スチロール板の上にゴムシートを敷いた上に乗り、お互いに背中合わせになって背中をこすり合わせます。こすりあった後、二人は向き合って金属棒を近づけると放電し、ピシッと音がして青白い光が見えます。かすかな音ですが、聞こえましたか。子供の場合はこのように身体で電気を覚えるというのも面白いと思っています。生徒はそれぞれ+、マイナスに帯電したコンデンサの極板の1枚であったわけです。

(黒板上でコンデンサを理解させる)

 私は裏にゴム磁石を貼った電池や豆電球を黒板に張って、電気回路の実験をします。コンデンサの説明にはゴム磁石を貼った30cm、または45cmのアルミの定規を2本向かい合わせに黒板に貼り、その両端に豆電球と電池をつなぎます。電池に豆電球をつないでやれば電気がつくわけですが、これをつながないで途中を切って板同士(今の場合はアルミ定規)を向き合わせてやると、一方には+の、他方には−の電気がたまります。+と−について静電気とどうつなげて説明するかは各生徒の能力に応じて説明すればいいわけです。
  原子核は+の粒々と電気を持たない粒々でできていて、周りを−の電子が回っている。−の電子だけが動けるので、その−が動いた結果どちらの物体に多くなったかということで+か−に帯電するということも、私は教えていいと思います。また、動けるのは−だけで、+は絶対動けないということをしっかり教えておくべきだと思っています。
 このように電気がにらみ合った形でたまっている、これがコンデンサというもので、ここに豆電球をつないでやれば電気がつく。つまり、−が+の物差しへ移動して、+と−が一緒になって溜まっていた電気が無くなる。しかし電池がつないであると電池の働きによって−がぐるぐると回路の中を回り続ける、と私は説明をしています。

(コンデンサの充放電と内部構造)

 電気がたまっているということを見せるためには、実際にコンデンサを使えばいいわけです。1ファラドの電気容量のコンデンサを電池につなぐとあっという間に電気がたまります。充電したコンデンサに豆電球をつなぐと電気はつきますが、長い時間はついてはいません。つまりコンデンサに電気をためても、溜まった電気が流れてしまえばそれで終わりだということです。
  たくさん電気をためるためにコンデンサはいろいろ工夫されていると説明します。
  薄い油紙を絶縁体として両側からアルミ箔で挟み、それをクルクル巻いて、たくさんの電気がたまるようにしたものが昔のコンデンサですから、アルミ箔との間に何か紙を入れて巻いたものがコンデンサだと説明してもいいと思っています。つまり、コンデンサは電気をためるといっても、そうたくさんためるわけにはいかない。そこが電池との大きな違いであることを説明します。

実験A電池

(導入実験 )― 銅の鍋とアルミの鍋

 しかし、いきなり電池と言うと、「また何か理屈が」と生徒が思うかもしれません。ここに準備したのは銅の鍋とアルミの鍋で、これがマイクロアンペア検流計です。それぞれの鍋の底を上にして机上に置いて検流計につなぎ、両手を別々の鍋の上に置くだけで針が振れます。電池の原理はまさにここに詰まっています。私の手は少し乾燥していますのであまり動きませんが、手を少し湿らせると針が大きく動きます。

(ズルツァーの実験)― 舌を使う

 次に、ズルツァーの実験をやります。1750年にドイツの数学者ズルツァーが違った金属2枚を口に入れて両端を接触させると苦い味がしたと論文に書いています。生徒に、2枚の金属板を接触させないまま舌を挟ませても何ということはないのですが、舌を挟んだまま2枚の板の端を接触させると苦い嫌な味がするので、生徒はびっくりします。つまり、亜鉛イオンが塩分を含んだ唾液という電解質溶液に溶け出し、電池ができたのです。
  電池が作られたということを確認するために電子メロディーを使います。非常に微弱な電流でも感度がいいので、これを使って今、私は自分の舌を挟んでみます。音が鳴っているのがお聞きいただけたと思います。

(ズルツァーの実験の応用)― 両手を使う

 次に、生徒に金属板2枚を別々に両手で握らせます。握らせても電子メロディーは鳴っています。これを同じ金属板2枚を使ったときと、違った金属板2枚の違いを体験させます。左右の手に違った金属を握ったときだけ電池ができることが分かります。
  今は講義用の検流計を使いましたが、生徒5〜6人を1グループとして、銅板と亜鉛板をマイクロアンペア計につなぎ、生徒にそれぞれの板を両手で握らせます。私などは20μA(マイクロアンペア)いくかいかないかですが、子供によっては100μAまでいく子がいます。5〜6人ですと競ってウワーッとやるのです。おれが一番だ、いや、おれが2番だとかとやっていますが、ここでもう一度、同じ金属ではどうなのか試してみると、同じ金属ではどれだけ力いっぱい握っても針が振れないので、違った金属が必要だと理解します。

(ガルバニの実験)― カエルの坐骨神経を刺激する

 今回は行いませんが本来ならば、私は次にガルバニの実験をします。授業の前にアフリカツメガエルを解剖して足だけにし、座骨神経を引き出して、シャーレに0.65%の生理食塩水を作った中にキッチンペーパーで包んで置いておきます。これをグループ毎に片足ずつ準備します。
  生徒にカエルの足をスタンドに吊るさせ、銅板と亜鉛板で坐骨神経と筋肉を一緒に挟ませ、足がぴくぴくっと動くのを全員に体験させます。そのとき、ボルタの観察眼の鋭さを生徒に教えます。つまりガルバニは“カエルの足を挟んだら電気が起きた”ので、これを動物に固有の電気であると考え“動物電気”として発表したが、ボルタは「カエルの足の表面が濡れており、その濡れている水はカエルの生理食塩水という塩分を含んでいることから電気が起きた」ということを見抜き、“ボルタの電堆”を作ったことを教えます。

(ガルバニの実験を行う前に・・・)― 生命をいただく

 解剖の前に、私は必ず生徒にこう教えます。食事の前に私たちは「いただきます」と言う。食事は口に入れる直前まで米も魚も野菜も肉もすべて皆、生命があった。その生命を頂いて、私たちは今自分の生命としようとしている。“頂く”という行為は頭上高く捧げて感謝の気持ちを表わすことなのだ。今、私たちはカエルの生命を頂いて実験するのだから、「カエルさん、ありがとう」という思いでやらなければ駄目ですと言います。この一言によって生徒は「分かりました」と言い、ほとんど皆、拒否反応なく実験に参加します。

(ボルタの実験)― ボルタの電堆と江戸の蘭学者

 ボルタは、1800年に銅と亜鉛の板の間に塩水をしみこませた紙を挟んで幾つも積み重ねた“ボルタの電堆”と呼ばれる電気発生装置を作り、イギリスの王立協会に発表しています。日本でこの電堆が作られたのは江戸時代、1831年のことで、宇田川榕菴という蘭学者が作っています。彼は銅板を簡単な機械で打ち抜かせ、亜鉛板は砂型に入れて鋳物にして作らせた、そして、木の丸い板の上に立てた3本の丸棒の間に1セットずつの電池を積み重ね、最上段を丸い板で押さえたと書いてあるので、私も同じようにして作ったのがこの電堆です。モーターをつなぐとこういうふうに非常によく回ります。
  また、宇田川榕菴は「長さ1尺ほどのガラス管の中に水を入れて両端にコルク栓をして鉄線を差し込み、向かい合わせて水の電気分解」もしています。
  ボルタは、電堆という形からさらに進んで、銅版、亜鉛板を積み重ねるのではなくて、電解質溶液に金属板を浸した電池を作りました。ここでカップに水道水を入れて実験してみます。もちろん、食塩水を使ってもいいわけですが、私は食塩水を使うとクリップなどが錆びるので水道水を使っていますが、これでも電子メロディーを鳴らすことができます。
  水道水を使うことによって「水道水にもイオンが含まれている」ことを教えるよい機会にもなると思います。

(なぜ“電池”?)― 実験で言葉の意味を考える

 さらに、「なぜ“電池”と言うのだろう」という質問を生徒に投げ掛けます。“ボルタの電池”は池、水ですねと。水溶液ですねと。だから“電気をくみ出す池”という意味で“電池”と言っているのですと。私たちは今、“電気の池”からさらに進んだ“乾電池”を使っています。ここにあるのはマンガン電池を分解したものです。真ん中の炭素棒を取り出してボルタ電池の銅版と置き換え、水の中に入れるとメロディーが聞こえます。次に炭素棒をマンガン電池に戻し、炭素棒とマンガン電池容器の金属をつないでもメロディーが鳴っています つまりボルタ電池の銅板が炭素棒に置き換わり、ボルタ電池の亜鉛板が乾電池の容器になり、希硫酸、塩分、食塩水などの溶液はこの乾いた薬品になった。だから、乾電池というのは“電気をくみ出す乾いた池”という意味であること説明をします。

(“乾電池”と屋井先蔵)― 知られざる日本の発明家

 では、乾電池は誰が作ったか。屋井先蔵という方が明治20年に乾電池を作りました。明治27年に日清戦争が起こった時、清国はまだ電解質溶液の電池を使っていましたが、日本は屋井先生のおかげで乾電池を使っていたので、寒い中で、向こうは電解質溶液が凍って通信ができなかったけれども、こちらは乾いていたので通信が可能であり、そのことが日清戦争の勝利の大きな要因の一つだったと言われています。これも生徒たちに話します。

(アルミ缶の回収は電気の回収)― 電池の実験から環境を考える

 大きな銅板(30cm四方)の上にティッシュペーターを敷き、水をかけます。その上に塩をまきます。これはレモンやグレープフルーツなどを輪切りにして並べても結構です。この上にアルミホイルを敷きます。この程度でご覧のようにモーターが回っています。
  この状態で1週間経つうちに、水分が乾いてくるとモーターは回らなくなりますが、水をかけると再び回り始めます。しかしアルミホイルがぼろぼろになって穴が開いてきます。
  私は生徒に言います。「アルミを精錬するときにはたくさんの電気を使う。今、このアルミホイルがイオンとなって溶けることによって電気になり、モーターを回すことができた。だから、アルミ缶を回収することは電気を回収することにもなる」と。
  しかし、私たちの日常生活に必要な膨大な量の電気を電池で賄うことは不可能で、これを発電機で発電していることをはっきり生徒に指摘しておかなければなりません。

実験Bコイルと磁石

(巨大コイルとネオジム磁石)― 発電の原理を身体で理解させる

 理科教材として市販されているコイルは、端子の選び方によって250回巻き、または500回巻きになります。しかし私の持ってきたこのコイルは、私の手巻きで1万150回、要するに1万回巻いてあります。なぜこんなに巻いたかというと、“仕事とエネルギーの関係”を生徒たちに身体で感じさせたいからです。
  どなたか、ちょっとお手伝いしていただけませんか。コイルの中に棒磁石を出し入れしていただきます。そうすると、コイルにつないでずらっと上下2段に並んだLEDがついたり消えたりします。上の段のLEDは電流の向きが左から右のとき、下の段のLEDは電流の向きが右から左に時にしか点灯しないので、磁石の出し入れによってコイルに流れる電流の向きが交互に変化していることが分かります。しかしこのコイルを1万回巻いた理由はこれだけではありません。先生、磁石を出し入れし続けてください。何か変わりましたか。
(フロア) 軽くなりました。
(戸田) 軽くなりましたか。では、そのまま続けてください。今度はどうですか。
(フロア) 重くなりました。
(戸田) ありがとうございます。
 LEDを点灯させるとき(電流が流れている時)は磁石の出し入れが重く、点灯させない時(電流が流れていない時)は磁石の出し入れが軽いことを体験してもらいました。
  磁石をコイルに入れようとすると、入れさせまいという向きの磁力線を発生するようにコイルに電流が流れ、コイルを抜こうとすれば、抜かせまいとする磁力線が発生するようにコイルに電流が流れます。磁石を動かしつづける(つまり電流を発生し続ける)ためにはコイルに発生するこの磁場に逆らって磁石を動かす力が必要です。つまり「仕事をする」ことによってエネルギーを使い、そのエネルギーが電気に変わることを理解させることが重要です。そのところを身体で理解させるために私は1万回巻いたコイルと強力なネオジム磁石をつかっているのです。

(手回し発電機におけるコイルと磁石の関係)

 ところが手回し発電機になりますと、ハンドルを回すこととコイルに磁石を出し入れす ることとの関係がよく理解されていません。手回し発電機の場合、いくつか向き合ったコイルの入口で磁石が回るわけですが、それを説明するには、磁力線を変化させるためにコイルの入り口で磁石を左右・上下に振ってみます。微かですが LEDが付いているのが分かります。コイルの入り口で磁石をぐるぐる回し、コイルを貫く磁力線を変化させているのが発電機であるということを生徒に理解させなければなりません。

実験C白熱電球

(エジソン電球を点灯する)― 科学技術史を体験する

 このように、人類は電池よりもはるかに多くの電気を起こす発電機を考え出したのですが、やがて、エジソンが電球を発明します。ここにあるのが、1890年代のエジソン電球のレプリカです。ちょっと点けてみます。これが当時の電球です。ニュージャージー州のエジソン記念館で買ってきたものです。もう一つ面白いのはこのソケットです。このソケットも、エジソンの発明そのものを私たちは今も使っているわけです。

(竹ひご電球を作る)― 再現実験で発熱を知る 

 私は京都の真竹を爪楊枝程度に細く割いてステンレスのパイプに入れ、蒸し焼きにしてフィラメントを作る実験を子供たちにやらせています。本日は残念なことに、ビーカーと窒素ガスを忘れてしまったのでびんをかぶせるだけでやってみます。自作の点灯台に、京都の真竹を乾留して作った炭素フィラメントを挟み、コップをかぶせます。本来、窒素ガスを入れれば1分間ほど灯りがつくのですが、このままでやってみようと思います。
  今ちょうど電圧は20Vで点灯しています。私はこの実験のとき、電球代わりのビーカーに子供の手を触らせます。熱いのです。「白熱電球を光らせるために使う電気エネルギーは、光だけではなく熱にも変わる。科学・技術者たちはその無駄な熱をいかに減らすかをいろいろ考えてきた」ということを教えます。

実験D白熱電球・蛍光灯・LED

(照明方法と消費エネルギー)― 身体でエネルギー効率を比較する

 これは理科教材メーカーの実験装置です。私は、自作教材も大切ですがメーカーの優れた教材があればそれを使うべきだと思っています。フロアの方にご協力をお願いします。
  これは板の上に10Wの白熱電球と10Wの蛍光灯が取り付けられていて、手回しの発電機が付いています。発電機のハンドルを回して蛍光灯を点けていただきます。ハンドルをしっかり回してください。今、蛍光灯が点きました。
  では、白熱電球に切り替えてみます。
(フロア) 重いですね。
(戸田) つまり、蛍光灯と白熱電球のエネルギー消費量を体験してもらったわけです。東芝は120年間、日本で電球を作り続けてきましたが、今年3月17日で白熱電球の製造をやめました。蛍光灯は電球の3分の1のエネルギーで同じ明るさが得られるからです。
  今、発電機を回された先生がおっしゃったように「白熱電球は疲れる、蛍光灯は楽に点く」ということは、生徒は身体でエネルギー消費量の違いが理解できると思います。
  今度はここに豆電球とLEDがありますので発電機を使って、最初はLEDを点けていただきます。LEDが点いています。今度は、豆電球に切り替えます。今、豆電球です。
(フロア)LEDの方が非常に軽いです。
(戸田) ありがとうございます。
  こういうふうに、エネルギーの効率がいいか悪いか、明るさを得るために最小限度のエネルギーがあればいいではないか。熱に逃げる部分はカットすればいい。そのような理由を生徒に身体で分からせることは大切だ思っています。

実験E放射線

(自然放射線の存在を教える) ―放射線に対する認識を変える

 私たちはこのように、有効な電気の活用方法を考えてきましたが、それでもなお需要に供給量が追い付きません。そこで、環境や資源の事を考えて原子力発電が利用されていますが、理解が得られない理由の一つが放射線に対する盲目的な恐怖心です。
  しかし、私たちは今、何もしなくても宇宙から来るガンマ線を浴び、地面の岩石から出てくるラドンという放射性ガスが空中にいっぱいありますから、それから出るアルファ線を浴び、呼吸の際は肺で被曝をしています。そのような状況は目で見ないことにはなかなか分かりません。私は高校教員の時、放射線を教えるのに見たこともないのに見たような顔をして、「アルファ線というのは+の電荷を2つ持っていて、磁場ではこう曲がる」とか、「ベータ線というのは電子が飛ぶので電場をかければこう回る」と言っていました。
  しかし、たまたまロンドンのサイエンスミュージアムでドイツのフィーベ社製の80cm四方の大きな霧箱を見ました。霧箱の中にたくさんの自然放射線が飛んでいるのを見て、私はもう度肝を抜かれました。こんなにたくさん浴びている放射線を私が知らなくて、まるで見てきたかのように教えていることに何の意味があるのかとつくづく思ったのです。

(放射線を霧箱で教える)― 見えないものを見ることの感動

― 自然放射線の飛跡 ― 後日、私はドイツのフィーベ社にも行ってきました。また自分でいろいろ工夫した結果、作ったのがこの霧箱です。
  霧箱は中でアルコールを蒸発させて底をドライアイスで冷やしてあります。容器の上部ではアルコールが蒸発して飽和状態ですが、下の方は−60℃になるので過飽和状態になっています。そこへ放射線が通ると、この中にある窒素や酸素の一番外側の電子をバーッと飛ばして何十万個ものイオン対を作っていきます。そのイオンを核にして過飽和になったアルコール分子がお互いにくっつき合って、こんな霧(放射線の通った跡→飛跡と呼ぶ)を作ります。霧を作るから“霧箱”と言います。
  中を見てください。多くの飛跡が現れたり消えたりしています。太くて長さが数pの線がアルファ線の飛跡、糸くずのように細くて折れ曲がって見えるのがベータ線の飛跡です。
  放射線源を入れなくても、私たちはこんな多くの放射線を浴びていることが分かります。

― ラジウムの飛跡 ― 細い棒の先についたラジウムを霧箱に入れてみます。霧箱の蓋の上に置いても何の変化もありませんが、これを中に入れてみるとこのように飛跡がたくさん見えます。この花火のように出ている部分がアルファ線、さらにその先に細く見えるのがベータ線です。キュリー夫妻が1898年7月にポロニウム、同じ年の12月にラジウムとして発見されたのがこれです。
  普通の食塩に比べますと、減塩の方が1.5〜2倍、場合によっては3倍のカウントを示します。今はもう26カウントになりました。
  このことは、たとえ普通の食塩であっても食塩を食べているということは、私たちもまた放射線を出しているという一つの証明にもなると思います。こんなふうにベータ線を測ることによって、外から浴びるばかりではなくて、自分たちも放射線出しているということが分かります。

― 空気中のラドンを捕集する ― 今ここに持ってきたのは、ペットボトルを輪切りにして側面に10個ほどの小穴を開けたものに水切りネットをかぶせてろ紙を当て、掃除機の口に差し込み、このビルの地下室の空気を1時間ほど吸ってきたものです。このろ紙にラドンという放射性元素が吸着されています。このろ紙をクリップに挟み、霧箱の中に入れてみます。このろ紙から出ているアルファ線の飛跡がお分かりいただけると思います。
  地下室の壁はコンクリートがむき出しです。私たちが住んでいる大地、地面の岩石は、必ず何パーセントかの放射性物質を含んでいます。ウラン、トリウムですが、それがアルファ線やベータ線を出して次々に壊変し、変わり変わってラドンという気体となって空気中に出てきます。コンクリートやブロックは岩石でできていますから、木造の場合よりもラドンの放出が多いわけです。だから、地下室の閉め切った部屋で掃除機を使って空気を吸った濾紙からこのように放射線が頻繁に飛ぶわけです。

― コンプトン散乱 ― 理科を専攻された先生方は“コンプトン散乱”という言葉をご存じかもしれません。手に持っているこの石はウラン鉱石の一つで、燐灰ウラン鉱と言います。紫外線を当てるとこのように黄色く光ります。フランスのベクレルは、この黄色く光る蛍光が、ひょっとしたらその前年にレントゲンが発見したエックス線ではないかと思い、この上にフィルムと自分の十字架を置いて太陽光に含まれる紫外線に当てようと思いましたが、空が曇っていたので机の引き出しに入れておきました。何日かしてフィルムを現像してみると十字架が写っていた、という放射能発見にまつわる有名な話があります。
  この燐灰ウラン鉱からガンマ線という放射線が出ているのですが、これを霧箱の上にちょっとかざしてみます。霧箱の中が霧で白くなるのが分かりますか。ガンマ線という電磁波が霧箱内の窒素や酸素から電子をたたき出しています。霧箱の上にエックス線管を置いて電圧をかけても同じ現象が見られます。どちらの場合も“コンプトン散乱”とよばれ、電磁波(ガンマ線やエックス線)からエネルギーをもらった無数の電子がβ線となって霧箱内一杯に広がって真っ白に見えるのです。

(食塩からの放射線を測る)― 私たちも放射線を出している

 沖縄県立与勝緑ケ丘中学校の渡邊正俊教諭が開発された実験をご紹介します。ここに食塩が2種類あります。普通の食塩と、減塩と言われる高血圧の方のための塩化ナトリウムの半分を塩化カリウムに置き換えた食塩です。このカリウムの同位体(アイソトープ)としてカリウム40という放射性元素があり、それが電子、つまりβ線を出します。
  今ここにある“はかるくんU”という測定器を使ってベータ線を測ってみますと、今ちょっと減塩の上に置いただけで毎分41カウントを示しています。カウント数がピークになったら普通の食塩の方に移してみようと思います。55カウントになりましたので、この辺で普通の食塩に移します。50カウントと一気に減ってきました。今、45カウントです。
  普通の食塩に比べますと、減塩の方が1.5〜2倍、場合によっては3倍のカウントを示します。今はもう26カウントになりました。
  このことは、たとえ普通の食塩であっても食塩を食べているということは、私たちもまた放射線を出しているという一つの証明にもなると思います。こんなふうにベータ線を測ることによって、外から浴びるばかりではなくて、自分たちも放射線出しているということが分かります。

2.放射線源のいらない霧箱の工夫を

(自然放射線の飛跡観察が放射線教育の第一歩)― 放射線を科学的に理解させる

 霧箱を使った放射線教育の第一歩は、全く放射線源を入れなくても飛跡が見えなければなりません。ガラス容器の直径は20cm近く、またドライアイスは細かくパウダー状になるまで砕き、中心を少し山もりにしたところに容器を叩きつけるように置いて空気を追い出し、容器の底とドライアイスを密着させます。次に容器の内部側面に貼ったスポンジテープにアルコールをかけてラップで蓋をします。さらに塩ビパイプをティッシュペーパーでこすって静電気を起こし、ラップの上で左右に動かし、霧箱内の残留イオンを除去します。
  最後に、できるだけ明るいライト数本で容器の側面から容器内に向けて照らすと放射線の飛跡が見えます。このように放射線源をまったく使わない霧箱を使うことによって“放射線は殺人光線”であるかのような観念を取り除くならば、子供たちだけではなく社会人においても放射線や原子力発電に対する理解がもっと深まのではないかと思っています。

3.杉田玄白 「生民広済」の精神

(故郷の先人に学ぶ理科教育の目的)― 学問を社会に役立てる

 ここ福井県小浜出身の蘭学者、杉田玄白先生は『ターヘル・アナトミア』というオランダの解剖学書を訳した人ですが、その苦労を『蘭学事始』に著しておられます。私がこの中で非常に感動したのは、何のための学問かというところです。「近ごろ官府よりして新たに御蔵和蘭の書、翻訳の台命を蒙りしに至りぬ。昔、翁が輩のかりそめに企てし学業なりしに・・・冥加にもありがたく、翁が宿世の願い満足せりというべし。なにとぞ生民広済のためにと思い立ちてとりつきがたきこのことに刻苦せし創業の功、ついに空しからず」。
  ターヘル・アナトミアを翻訳するのに4年間もかけて、たった1行の文章を訳すのに何日もかかった。その目的は、“生きとし生ける民を広く救う”ためであり、今、蘭学がこんなに盛んな世になって努力が報われた、と書いておられます。
  私たちが理科を教えるとき、ただ生徒に知識を切り売りするのではなく、エネルギーの問題や環境の問題など、今教えていることは“生徒の将来にとって持続的発展を促すための礎になる”という強い信念を持つて教えるべきではないかと思っています。
  私の話の中で、何か一つでも「これをやってみようかな」と思っていただければ幸いに思います。どうもありがとうございました。

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