先生のためのセミナーレポート


テーマ: エネルギー・環境教育セミナー
開催日時: 平成20年11月27日(木)
場  所: 福井県生活学習館「ユー・アイ ふくい」 (福井市下六条町14−1)
主  催: 中部経済産業局 電力・ガス事業北陸支局
後  援: 福井県教育委員会、石川県教育委員会、富山県教育委員会
主  管: 福井県環境・エネルギー懇話会
■基調講演

演 題:

「科学的リテラシーを育成するエネルギー・環境教育に向けて」
講 師:

国立教育政策研究所 教育課程研究センター基礎研究部
  総括研究官  小倉 康 氏

講師プロフィール:

1986年、広島大学教育学部教科教育学科卒業。
その後、同大学院、同大学助手を経て、1995年より国立教育研究所に勤務。2001年、国立教育政策研究所に名称変更、2003年より現職。
専門領域は科学・物理教育。主な研究テーマは、科学的探究能力の育成、科学への学習動機、小中学校理科授業の指導力分析と教員研修、諸外国の理科教育など。文部科学省の学習指導要領の改善等に関する調査研究にも携わっている。
日本科学教育学会理事、科学技術振興機構「スーパーサイエンスハイスク−ル支援事業推進委員会」委員、OECD科学的リテラシー専門委員会委員、他。
主な著書に『生きるための知識と技能−OECD生徒の学習到達度調査(PISA)』『サイエンスコミュニケーション』『世界の科学教育』など。

(要旨)

  1.はじめに

  今日は、科学的リテラシーを中心にして、これからのエネルギー・環境教育と関係付けた、特に理科教育を中心にした実践の方向性について、さまざまな情報をご紹介させていただきます。
  JSTには理科教育支援センターがあり、昨年、元文部大臣の有馬朗人先生をセンター長にして、理科支援員制度、スーパーサイエンスハイスクール、サイエンス・パートナーシップ・プロジェクトなど、さまざまな事業を効果的に展開する機関ができました。私もその中の調査研究部門を統括する役を併せてしています。
  その中で、11月20日に一つの調査結果を記者発表しました。小学校の理科教育の環境や研修の状況に関する調査です。
  2カ月前には中学校の理科教師の先生方の実態調査も発表したのですが、一言で言うと、先生方は非常に多忙なのです。その中でどんどん広まっていく教育課題を何とか研修しながら、いい授業をするために努力されている状況は見えるのですが、その多忙が故に、研修機会もほとんど持てないという状況で、特に理科の研修機会は本当に少ないようです。
  エネルギー・環境教育は、理科も非常に関係しますし、社会科、総合、あるいは学校独自の取り組みもあるでしょうが、少なくとも理科の研修機会としてこれをとらえることはできると思います。今日は小中学校からかなり大勢の先生方がおみえですので、非常に貴重な機会だと思います。今回主催の中部経済産業局電力・ガス事業北陸支局、また福井県環境・エネルギー懇話会の皆さまのご尽力、ご協力、ご支援に感謝申し上げます。
  現場がかなり時間的に、また物的、資源的に非常に閉塞している状況の中で、特にエネルギー・環境問題の重要性は近年ますます高まっています。これを学校教育の中でどう取り入れて、子どもたちに何を教えていけばいいのか、これはやはり非常に関心事ですし、重要な課題です。
  今日は科学的リテラシーを基にお話ししますが、なかなかいい日本語が見当たらなくていまだに「リテラシー」という言葉を使っています。私なりにこれを分かりやすく表現すると、生活者にとって役立つ理科や科学、技術、その理解です。
  「生活者にとっての」とわざわざ言うのは、今まで理科は学校で学んだような気はするが、何のために学んだのかなというくらいにしか感じていない方がどうも多いようです。今われわれが必要なのは、今日の社会の中で充実した暮らしに役立つ、あるいは必要となる事柄として、理科で学習できる事柄です。その中にエネルギー・環境問題の知識や能力、意識が含まれるということが私の話の趣旨です。

2.科学的リテラシーの必要性

 最初にご紹介するのは、イギリスの有名な「インデペンデント」紙のニュースで、9月21日の記事です。携帯電話を使用する子どもたちが脳腫瘍のようながんになる危険性が5倍高いという見出しです。これがスウェーデンの学会で、細胞分裂が盛んな時期の16歳以下の子どもたちが電磁波の暴露によってがんになる危険性が高いという研究結果が出たと紹介されています。これがヨーロッパの議会で非常に議論を呼んで、年少の子どもたちに携帯電話を使わせてはいけないというところまで議論が進んでいます。
  世の中で生活をしていると、身近な「本当かな」「どうすればいいのかな」という情報に触れる機会は時々あります。そのときにどう対処すればいいでしょう。例えば携帯電話一つ取り上げても、広く普及して、皆さん使い方は知っています。しかし少なくとも義務教育では、電磁波について教えていません。生活の中で非常に普及しているテクノロジー、電磁波という存在に触れないで義務教育を卒業しています。
  理由としては、電磁波等を理解するには物理を専攻するような生徒でないと難しいだろうということで、基本的なところではなく、もっと発展的な内容として位置付けられています。でも、生活していくとこのようなことには遭遇します。
  このニュースを見た一般の人たちはどう反応するでしょう。「これはもう子どもに使わせては駄目だ」と取り上げるかもしれないし、「これは多分うそだから関係ない」という人もいるかもしれません。使わざるを得ないから、そちらの方が大事だと考えるかもしれません。このような判断には、あまり科学は関係ないです。
  科学的リテラシーを身に付けていると考えると、例えば、電磁波が発信源から四方八方に発信されて、距離の二乗に反比例して強さが弱くなるとすると、少し離れれば大丈夫かとなると、メールのような使い方なら危険性が低いのかとか、一種の熱源のようなものだから短い間ならいいのかとか。ある程度自然科学の知識を背景にして考えれば、そのような判断ができてきます。ですから、科学的リテラシーを身に付けると、生活上それを知っていることで、知っていないよりは、もっともらしい、あるいは頼れるような判断に役立つのです。
  このようなことは本当にさまざまにあると思います。今までの理科教育が、ややもすると将来科学者や技術者になるための基礎的な知識というもので、一般の受けている側からするとあまり関係ないということで、高校になるとあえて選択はせず、その後も関心を持たず一生を過ごしていることが多いと思うのです。
  しかし、いつまでもそうではいけないのではないですか。特にエネルギー・環境教育という複雑系で、単純に答えの出ないような問題だからこそ、このような学習知識が必要になるのではないですかということが趣旨になります。

3.理科の勉強は好き?

 まず子どもたちの実態です。よく理科嫌いといわれますが、これは平成15年度の教育課程実施状況調査の結果です。社会、算数・数学、英語、国語と比較すると、一貫して理科の方が好きな子どもが多いです。ですから少なくとも、相対的には理科は好かれている教科だといえます。当然、嫌いな子はいますが、ほかの教科と比べると比較的好きだと。
  ただ、勉強することは大切かという質問だと形勢逆転して、理科はほかの教科に比べて大切だと思っている子どもは圧倒的に少ないです。平成15年度の調査の2年前、平成13年度の調査に比べると、理科に関しては明らかに統計的にも非常に良くなっています。しかしこの状態なのです。
  ですから、今までの理科は、観察実験などは面白いから好きなのだけれど、あえて勉強が必要だとは思わないという教科であり、その大切さが理解されていません。そして高校に入ると科目が選択制ですから、あえて学ぶことが大切でないものを選択するかというと、しないです。選択したとしても意欲がわかないことが想像されます。好きなことを学びたいということで、そのままずっと行ければいいのですが、そのうち「これをやって何になるのかな」「将来の生活とどう関係するのだろう」と考え始めるので、そうなったときには非常に弱い立場の教科だという現実を、われわれは認識した方がいいと思います。
  でも、このような状況は世界共通ではなくて、日本は特に価値意識が非常に低いです。ですから、子どもたちに理科を教えるのに、面白い、楽しいということは割と伝わっているのかもしれませんが、大切さが理解できるような伝わり方、教え方にはなっていないのではないでしょうか。
  先進国の英国と比較してみると、成績は少し日本の方がいいように見えますが、実質は同じです。価値意識は非常に差が出てきます。このような状況を考えると、理科で教わっていることが大切だと、学習する子どもたち自身がもっと実感できるような形になっていかないといけません。また、それは不意可能ではなく、できるはずなのです。

4.「理科って何?」「なぜ学習するの?」 中学生の意識調査(H12)

 8年前ですが、中学生に具体的に何が大事だと思うか聞いてみました。
  まず、大事だと思わないという意見なのですが、「社会に出たら理科は必要ない」「数学や国語と違って、役立つことはあまりないし、知っていてもあまり生活や日常生活にはかかわってこない」。これは中学生が実際に書いたことです。「2分野は生きていくために役立つ知識はたくさんあるが、1分野は普通に生活していく上ではあまり考えない、使わないものだと思います」「塩酸など危ない薬品などは知っていた方がいいと思うが、天体の星や、気象や密度を知っても何も使わない。質量なども上皿てんびんなど使わなくても、はかりで測った方が早いし、正しいと思う」。もっともだなと思うようなこともあります。
  「理科が好きな人には重要かもしれないが、嫌いな人には重要ではないと思う」、これは大事なポイントだと思います。「実験などはあまり重要ではないと思う。道具がなくては実験できない」「実験をやっても、その1回で終わりだから意味がない」。何のために実験をしているのか、分かっていないです。
  肯定的な意見にはこのようなものがあります。まず、知識が大切だということですが、「私たちの身の回りのことを理解でき、そのことを将来生活をしていくのに役立てることができるから」、花丸をあげたくなります。
  教養として、「理科だけにしか分からない知識が身に付くから」。
  「私は1分野が好きです。いろいろな薬品を混ぜたり、実験したりするのが好きです」。好きだから勉強をするというタイプです。「困ったことが起きたときに、理科っぽく考えれば、いろいろなことを試さなくても一番良い方法が見つかると思うから。実際に、危険を冒してするより、頭の中で理科で習ったことを基に考えられることもあるから」「問題があったら、それを解決するために調べる力、それを理論的に説明する力が必要で、それを理科で勉強できる」。問題解決をする能力が身に付くという回答です。
  「大人になって、理科に関係する職業になるかもしれない」。逆説的には、職業に関係なければ大切ではないということも、この子は考えています。
  「理科を勉強していれば、自然に役立ったり、発明などをして生活をもっと良くできたりするからです」。地球や社会の維持・発展のために大切だということです。
  「理科で勉強していたら、今まで誰も気付かなかったことを調べたくなって、新たな発見をする人が出てくるかもしれない」。先ごろノーベル賞の発表もありましたが、そうしたところからこのような意識は深まっていくと思います。
  このような調査をしてみると、中学生が意識する理科を学ぶ重要性には、幾つかの観点があると思います。もう一つ、このときにデータを見て分かったのは、教える先生によってこのような意識に大きな差が出てくるのです。特に、例えば何のために実験をやっているのか分からない子どもと、実験によって考える力や問題を解決する力が身に付くといった子どもの割合は、クラスによって大きく差があります。これは、教師からの働き掛けが意識に大きく影響します。このことから、理科を学ぶ意義や有用性を積極的に伝えていく必要性があることがいえます。

5.PISA調査

 まず科学的リテラシーというと、よくPISA調査が引き合いに出されます。これについてまずお話しします。
  PISA調査はOECD(経済協力開発機構)が行う15歳児を対象とした調査で、社会に出るための準備がどのぐらいできているか、国際的に調べるものです。学校で教えられたことをそのまま覚えているかではなくて、社会で活躍するための知識や技能に関する習熟度を測ろうとしています。
  なぜかというと、昔はリテラシーといえば「読み書き算数」でした。それができれば基盤はできていると考えられたのですが、今の社会で充実して生きていくためには、それ以上のものが必要であり、その一つとして科学的リテラシーがあります。
  特にこの30〜40年ほどの労働市場の動きを見てみると、明らかに質的な変化があります。単純作業を繰り返すタイプの職業、例えば電話がかかってきて、「こういう状況です」と言われたら、「では、担当の者に代わります」と言って、担当の者が出て、どのような症状かを聞いて、このようなときにはこう答えるというマニュアルが基本的に準備されているタイプの受け答えをすると想定します。
  今、そういう感じのコミュニケーションは、実際にはほとんどコンピューターがやってくれるのです。説明を聞いて番号を押して、最後にどうしてもそれで対応できなければ人が出てくるというタイプだと思います。でも、昔は全部人がやっていました。
  代わりに最近増えているのは、あらかじめマニュアル化できない、繰り返しでは対応できないような職業です。例えば企業のコンサルタントを考えてみても、マニュアルで答えられるようなもので企業が困っているわけではなくて、非常に複雑な状況の中ですべての情報を分析しながら、次の一手を求めてコンサルティングをお願いしているのです。
  学校の先生もそのような職業なのです。一人一人の子どもはそれぞれ全く違っていて、これまでの経験で「このようなときにはこうだ」とプログラム化できるものであれば、今の時代、ほとんどコンピューターが子どもに教えているかもしれませんが、いまだにそうなっていないのは、先生方の職業が手続き的にはできないということです。その場に応じた、最適な取り組みをしていかないといけません。
  このようなタイプの仕事は、当然コンピューターにはできないのです。コンピューターはあらかじめプログラム化されたことしかできません。逆に、繰り返し作業でできるようなことは、ロボットがやったり、もっと労働コストの低い国に移転したりしています。
  このような時代の変化を見ると、目の前の子どもたちにどのような能力を身に付けてもらうことが必要なのか、見直さざるを得ません。60年代、70年代と同じようなことをやっていては多くの子どもたちが充実した社会生活を営めなくなってしまう。つまりこの時代には、非常に高度な分析能力や判断能力を要する職場で対応できる能力を身に付けさせる必要があります。すなわち、高い思考力や判断力です。それから、人とどう関係を持っていくかということです。人とかかわりながら何か仕事を進めていくのは、やはり人でないとできませんので、そのような能力はやはり必要になります。このような問題意識でPISA調査は、どのような能力がどこまで身に付いているか検討しようとしています。

6.OECDによるキー・コンピテンシーの三つの領域

 そもそも教育は何のためなのかという意識がOECDの中で見直されたのが、1990年代の終わりです。そのころから国際的な委員会で、今日子どもたちに身に付けさせるべきものについて議論をして、結果的には「キー・コンピテンシー」という形になっていくのですが、そもそも教育が目指しているものについて端的に表現されています。つまり、教育を受けることによって、個人が成功していく。同時に、社会が成功していく。この両面を目指すべきだということです。
  個人にとっては就職に有利、収入が高い、あるいは健康で安全に暮らせる、社会参加ができる、政治参加ができるというような、個人の充実した生活につながるだろう。
  社会の成功というのは、経済的生産性の高い社会がやはり豊かであり、民主主義的なプロセスで進む社会であり、社会の構成員が団結し、平等で、人権に配慮しながら暮らせる社会で、人間だけではなく生態系全体として持続的に繁栄できる、このようなことが社会の成功だろう。このようなことをもたらすような教育をゴールにすべきだということです。
  では、その教育の中で身に付けるべきものは大きく三つになります。一つは、知識や技能、計算力も含めて、ツールを状況に応じて適切に用いることができる能力です。普通、教科学習で学んでいるものはこれが中心になります。身に付けた知識や技能をさまざまな問題になっているような状況に適用できるということです。
  2番目に、相互依存的にグローバルに物事が進んでいく社会の中で、異質な人々と協調して問題に取り組めるという、異質な集団の中で活躍できる能力です。この中には国際性を身に付けることも当然入ってきますし、今の格差問題やさまざまな社会的問題をどうとらえ、どう対処するかという姿勢も関係してくると思われます。
  3番目に、何をどうすべきなのか自ら考え、行動できるという自律的な人間にならないといけないということです。何も言われなくても、自らどうすべきか見極めて行動できるということです。
  このようなキー・コンピテンシーをOECDが整理して、言われてみると、12年前に日本では既に中央教育審議会の「生きる力」という答申があります。その中の文言に、「基礎・基本を身に付け、いかに社会が変化しようと、自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、より良く問題を解決する資質や能力」という表現があります。また、「自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性」「たくましく生きるための健康や体力など」ということで、「生きる力」と表現されています。
  これを読み直すと、ほぼ同じことです。もしかすると「生きる力」の方がより広いかもしれませんが、OECDが考えている基本的な身に付けるべき資質・能力と、「生きる力」の方向性とは、非常に似通ったものだということが読み取れます。

7.科学的リテラシーを測定する枠組みの四つの側面

 具体的には、調査問題を作って国際比較調査をしています。お手元にある講演資料にPISA2006の問題例を二つほど載せました。酸性雨と温室効果の問題です。どのような問題を作ると、資質・能力、特にツールを状況に応じて用いる力というものが測定できるか、紹介したいと思います。
  科学的リテラシーの測定はここに挙げている四つの側面を持っています。一つが、状況に適応する能力ですから、「状況・文脈」が一つの大きな側面になります。そして「科学的能力」がその状況を克服していくのですが、それだけでも不十分で、そこには当然「科学的知識」が必要になります。そして、あえて行動する、自分から情報を求める、そのような「態度」、情意的な側面も大切です。この大きく四つの側面が科学的リテラシーを構成しています。
  酸性雨という問題ですが、ギリシャのアクロポリスの上にある神殿が長年の酸性雨で浸食を受けています。これが問題の状況です。その状況設定の中で、通常の雨が酸性になる。酸性雨は硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)が含まれていて、それはどうして生じたものかということが質問になります。これに答えるには、明らかにSOx、NOxに関する科学的な知識が必要です。これは先ほどあった科学的知識を問うような形の問題になっています。その知識が問題状況に応じて適用できるか、応用できるかを問う問題になっています。
  2番以降は、科学の知識はなくても解けるのですが、ただ問題に与えられた情報を使って、推論しないと解けません。ですから、これは情報に基づいて推論できる能力を問うような問題になっています。
  問題3は、生徒たちが実験をしました。酢の中に大理石を入れたもので、どのように反応が進むかを見るだけではなくて、生徒たちは蒸留水にも大理石を漬けてみました。これはどうしてですかという質問です。科学的な実験をして仮説を確かめるためには、比較対照しないといけないわけです。コントロールされたものと、実験する対象とを比べてみないと何が原因か分からないですから、科学的に物事を確かめることが必要になってきます。そのような理解ができているかどうかを問うのが問題3です。
  あと、興味関心の程度を聞いたり、科学的に物事を考えることの大切さを支持しているかどうか聞くような問題が続いています。このような問題の構成で幅広い内容を測定しています。この手の問題で、複数の小問で構成された大問が約35あります。その国の子どもたちがそれにどの程度対応できるか統計的に処理して、数値化し、国際比較した結果が出てきています。

8.科学的リテラシー向上への課題

 その結果を全部総合した数値で見てみると、科学的リテラシー全体としては531点で、フィンランドは563点でした。あと上に数カ国ありますし、また下の方には40カ国ぐらいずっと続いています。
  細かく能力を見ていくと、科学的に物事を確かめるのはどうすればいいのかという知識に関連するのが、科学的な疑問の認識という能力ですが、そこが少し低かったです。先ほどの、蒸留水をなぜここで使うのかということになかなか答えにくかったということです。持っている知識を状況に適用して説明することができるかという能力については、若干弱いのですが、総合点と比較的近いところにあります。さらにデータに基づいて推論ができるかということに関しては、比較的良かったです。このような学力の特徴が、PISA調査から分かります。
  このような結果が出ると、やはり生徒が自分で科学的に物事を確かめていく経験を持たないと、どうして蒸留水を用いて比較しようとするのだというような、科学的な追究の仕方は身に付かないだろうと言えます。それから、科学的知識を授業で学ぶだけではなかなか現実の問題状況に適用できないですから、学んだ事柄を実生活や実社会のさまざまな状況に適用させるような学習も必要になってきます。
  比較的良かった、データを用いて推論する能力、科学的証拠を用いる能力についても、観察、実験で出てきたデータをどう分析して、そこから何が言えるのかというところまで考えさせるとさらに深まると言えますが、私自身の中学校、高校の理科学習を思い直すと、記憶に残っているのは、プリントに全部書いてあって、自分で手順を考えることもほとんどなく、表に数値を当てはめるなど、枠の中に結果を入れてしまえば考察する必要もなかったというイメージが非常に強いのです。
  ここに挙げる事柄は、やはり今も新たな取り組みとして必要だというところも多いのではないかと思います。どのように生徒たちに科学的に物事を追究するという場面を提供するか。それから、科学的な現象を学んだ事柄を使って、どう説明させるか、どう理解させるか。それから、活動で得たデータから何が言えるかというのを考えさせるということです。そのようなトレーニングがこれから科学的リテラシーを深める上では大切です。
  この調査は、当時の渡海文部科学大臣が、成績はそれほど心配していないが、科学を学習する意欲や意識にかなり課題があるというコメントを出しました。確かにそのとおりで、PISA2006の回答を見ると、国際的に比較したときに、非常に際だって低く出ている項目がたくさんあります。例えば「科学的な課題に対応できる自信」ですが、例えば「病気の治療で使う抗生物質にはどのような働きがあるかを説明すること」となってくると、日本の中学3年生も高校1年生も、非常に低い割合でイエスと答えています。考えてみると、抗生物質は今の教科書の中で教えられていません。ですから対応できなくて当然でも、「当然」で済ませられるのか疑問になってきますが、少なくとも社会に出て生活していく上で、抗生物質を知らないで済む時代ではないです。ややもすると、抗生物質が効かないウイルス性の病気にも、何でも効きそうな印象で、医者が飲めと言ったわけではないのに抗生物質を勝手に飲んでいる人もいるかもしれません。結局、身近なものについて教えている、教えていないという違いはあるのですが、日本の子どもたちは非常に弱い準備しかできていないのです。
  ほかにも、健康問題や地震やごみ問題、環境の変化と特定生物、食品ラベル表示、酸性雨など、非常に今日的な身近な問題があるのですが、やはり日本の子どもたちはなかなかこのようなことに対応できません。
  私個人として先生方にお願いしたいのは、基本的な教科書に載っているものの理解は大切で、それはまず第一ですが、教科書全部、一からの理解を要求するとなると本当に大変な詰め込み理科になってしまうので、そうではなくて、新聞やテレビに出てくるようなその時々のトピック、イシューに何らかコメントや解説を少しずつ紹介してあげるという姿勢が大事ではないかと思います。それに多くの時間を割くことができないのは事実ですが、社会で起こっていることと全く結び付かないで理科学習が進んでいくと、理科は何のために学んでいるのか分からないとか、全然関係ないといった意識に結び付いていくと思うのです。機会をとらえて、トピックについて触れていくことが必要だと考えています。
  次のページ以降も、いろいろ問題を考えさせられるようなデータが続いています。「大人になったら科学をさまざまな場面で役立てたい」という意識も、国際的にはかなり低いです。
  ただ、「資源や環境に関する責任感」というところは、エネルギー・環境問題はじめ、総合的な学習を通じてかなり日本では進んでいるのかと思わせるような結果になっています。国際的にもかなり高い割合で責任感や、そのような意識は育っているという結果が出ています。
  それから、これは高校・中学で共通しているのですが、クラスの中で生徒が自分の意見・主張を出せる部分というのは、理科では少ないのです。しかし積極的に自分の意見を持って、自ら判断できる人間に育っていくためには、このような場を設けるのは非常に大事なことですし、また、国際的にもそのような学習は非常に重視されていることがこの結果から分かります。
  また、学んだことの応用についても、日本では非常に弱いのです。学んだ事柄だけでとどまってしまう。そうではなくて、学んだからにはそれがどう役立つか、どこに関係しているか、そこまでつなげてあげると、もっとこの質問についての回答は高くなるだろうと思います。
  あと、学ぶことが大切かどうかですが、これも国際的には、もう少し積極的に学んでいることが将来の可能性を広げてくれるとか、役立つとか。先ほどの例でいくと、問題解決力を高めること、科学技術を発展させる、あるいは教養としても大事だなど、さまざま解釈はあると思いますが、その学ぶ大切さや意義を強調する必要があると思います。

9.新学習指導要領

 ご存じのように、新しい学習指導要領が前倒しで来年度から始まろうとしています。PISAで明らかになった課題は、おおむね新しい学習指導要領の中で、小中学校を通してみると対応しています。授業時数も増えていますし、その中で観察、実験を中心としながら、自ら主体的に探求する活動。それから実験の結果を分析し、解釈するような活動。学んだことを使って、現象説明するような活動が重視されるような文言になっています。
  具体的には、実践に基づいた研修機会を今後持っていくことが大切だと思いますが、方向性としては、学習指導要領はこのようになっているということです。小学校でも、問題解決活動を一層深める、あるいは日常生活との関連を図るということが強調されています。
  また、科学技術が日常生活や社会に役立っているということを、解説書を見ると、負の面も同時に偏りなく扱って教えていくということを書いています。また、将来の職業生活とのつながりも配慮することになっています。

10.新学習指導要領「理科」におけるエネルギー・環境教育の可能性

 指導要領の紹介が趣旨ではないので、最後はエネルギー・環境教育を中心に話をまとめていきます。
  エネルギーに関しては、今回の理科の指導要領の改訂で大きな柱の一つになりました。小学校、中学校を通して、エネルギー的な考え方、見方が身に付くようにという内容になっています。詳細は先ほどの資料の最後にある内容の関連図をご覧いただければと思います。その中で、新しい内容も入っています。その点についても今後研修、あるいは資料等が出てきましたら、来年度以降の授業に備えていただきたいと思います。
  実際に、特に中学校の最終学年で「科学技術と人間」という大きな単元がありますが、そこがエネルギーや環境をトータルにとらえて、個々の生徒が諸問題をどう判断していくかという力を身に付けるような学習内容として、整理されてきています。
  総合的な学習の時間で現在いろいろな取り組みがありますが、この時間を多少少なくして教科を増やしている中で、相互の関連性が大事になっているので、特に今お話ししている単元については、総合との連携も非常に大きな領域になっていくと思います。
  教育基本法が改正されて、環境保全に取り組む姿勢を育成するということで、環境というものを非常に大きな教育課題に位置付けています。それにこれから具体的にどう対処していくかが、今後の実践的な立場での教育課題になろうかと思います。まさに今日、この後、実践的な報告が続くと思いますが、それは今求められている教育のあるべき姿に直接かかわってくるような実践の報告ではないかと思います。

11.今後の課題

 今後の課題として、中長期的な将来的な課題も同時に考えていく必要があります。最初に紹介した携帯電話も、今の課題では対応できていません。要するに、今後、中長期的にエネルギー・環境教育も含めてどの方向へ行くのが望ましいのか、継続的に検討していかないといけないと思います。世間では「ESD(持続可能な開発のための教育)の10年」が進んでいますが、進んでいるのは時間であり、教育の在り方そのものが着実に実践しているとはなかなか言いにくい状況です。要するに、将来に向かってどうしていくべきなのか、継続して検討していかないといけません。
  理科教育というものが科学技術の消費者になっていくためにどうあるべきなのか。科学技術の消費者とは、いわゆる生活者です。一般の市民として、特に科学技術を生産する側の人間でない人が大半ですから、そういう立場の人間として理科教育はどうあるべきなのか、これはまだまだ今から検討していかないといけません。例えば、電磁波、遺伝子操作、化学物質。それから、原子力と放射線は今回の指導要領の改訂で幾らか入っていますが、まだまだ扱われるべき内容もあると思います。生態系についても触れていません。トレードオフも特に扱っていません。このような現状を扱っていないような事柄を、本当にこれからどうすべきなのか検討しないといけません。
  それから、この科学的リテラシーが今後エネルギー・環境問題も含めて、確実に子どもに身に付けさせたいものの体系として整理されていく必要があると考えています。その一つの例として、日本学術会議でこの5月に公開された「科学技術の智」という報告書がウェブで公開されていますが、非常に幅広い科学技術の智がそこに整理されていますので、そうしたものを若者たちがきちんと身に付けていくような手だて、アプローチも今後考えていかないといけないと思います
  最後に、海外での取り組み例ですが、海外では先行事例もいろいろあるので参考にして勉強しながら、自身のプログラムを作っていくことが大切だと思います。
  参考までに、イギリスの「21世紀科学」という教科書で、日本の中学校3年生段階の生徒に教えられている内容の構成です。教育課程の10%の時間を割り振っているので、大体日本と同じです。この中では、遺伝子、大気の質、宇宙の中での地球、健康を維持する、材料の選択、放射と生命、地球上の生命、食料について、放射性物質という九つの単元なのですが、これらを通じて強調されている点は、社会と科学との関連性、リスクに関すること、相関関係のとらえ方。それから、臨床試験はなぜ必要なのか。科学的知識をどうとらえればいいのか、うのみにしていいのかなども含めて、それから科学とその応用について議論できる能力、分析能力が強調されています。
今日申し上げたかったことは、理科だけではないのですが、学校で学ぶことが社会で生活していくのに役立つのだと実感できるように教えられていくという方向性の中で、理科はどうあるべきか、その参考となる情報を幾つかご提示したつもりです。特にPISAの問題の作り方では、状況設定を非常に重視します。ですから、この状況があって知識を学んで、問題の解決に役立つのだという流れで学習を進めていくことが大切だと思います。特に、エネルギー・環境、資源問題といったものは、このような問題設定には非常に大切なテーマです。その中で、自然科学の知識・理解を深め、技能を習得し、判断力・思考力を高めていく。そのような学習展開にしていくと、理科教育の立場からも、エネルギー・環境教育の立場からも、非常に有効な学習になるのではないかと思います。

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