先生のためのセミナーレポート


テーマ: 環境・エネルギー教育セミナー
開催日時: 平成19年11月30日(金)
場  所: 福井商工会議所ビル「コンベンションホール」(福井市西木田2-8-1)
主  催: 中部経済産業局 電力・ガス事業北陸支局
後  援: 福井県教育委員会・石川県教育委員会・富山県教育委員会
主  管: 福井県環境・エネルギー懇話会
■基調講演

演 題:

「体験的エネルギー試論−ジャーナリストの視点から−」
講 師: ジャーナリスト 新井 光雄 氏
講師プロフィール: 1943年、栃木県生まれ。
1967年、東京大学文学部文化学類卒業後、読売新聞東京本社入社。
1973年より経済部エネルギー・金融担当。
ブリュッセル特派員、編集局経済部次長、編集局解説部次長、編集委員などを経て現在は海外電力調査会特別研究員、地球産業文化研究所理事、原子力委員会専門委員、総合資源エネルギー調査会委員としても活躍。
東京経済大学大学院、大正大学文学部で講師も務める。
著書に「エネルギーが危ない」、「電気が消える日」など。
(要旨)
  このような場に呼んでいただくと、必ずと言ってよいほど私はまず地元の新聞をのぞいてみることにしているのですが、今日の福井新聞にもやはりエネルギー問題が載っていて、大変な時代に来ているのだと思いました。今日はエネルギーに関連した記事が4本載っていまして、まず2面に「プルサーマル計画、関電が再開準備検討」とあります。また、3面にはガソリンと灯油が明日から5〜6円値上がりになるという記事が載っていました。10面にいきますと、これは3面の解説記事があって、その下には2段で「ニューヨーク原油4ドル超、急反発」と載っています。昨日、こちらに来る電車の中で電子文字のニュースを見ていると、90ドル台になったと書いてあったのですが、もう4ドル反発ですから、まさに今は「静かなる石油危機」という言葉が的確な時代なのだろうと思います。
  これまでの石油問題の歴史を考えますと、大きく分けまして、第一次石油危機があり、第二次石油危機があり、第三次とは言いませんでしたが、湾岸戦争がありました。まず、エネルギー問題として最初にわれわれが直面した第一次石油危機は、1973年10月に始まった第4次中東戦争でエジプト軍とシリア軍がイスラエルを攻撃して負けた結果、OPEC(石油輸出国機構)が原油の大幅な値上げと部分的に輸出を認めない国を認定したことから始まっています。
  私は当時、経済部記者として商社を担当していたのですが、日本では商社が必死になって石油を買いまくるという事態になりました。ご記憶にある方も多いと思いますが、有名なのはトイレットペーパー事件です。トイレットペーパーがスーパーマーケットからなくなってしまった。若い方には分からないかもしれませんが、ついでにミルクがなくなったり、あるいは洗剤がなくなってみたり、非常に物不足の状態になりまして、大変でした。
  経済的にいいましても、次の年はマイナス成長になっています。戦後日本経済は右肩上がりに成長してきたのですが、この石油ショックのときに初めてマイナス成長を経験したわけです。私は昭和18年生まれですから、戦争のことは全く実感がありませんが、第一次石油ショックについては、日本の国が揺さぶられるのではないかという体験をしました。それほど大変な時代だったと思います。
  ここから何を学んだかと申し上げますと、エネルギーというものは安定的に供給されることが一番大事であるということです。国民の間でも、価格もほどほどであればいいし、量もほどほどであればいい、普通にあってくれればそれほど大きな問題は起きないという認識が広がったのだと思います。

T.安定供給を求めて

 では、石油を安定的に確保するには何がいいかということで整理しますと、「脱中東」「脱石油」「日の丸原油の確保」「石油の備蓄」という四つの項目が挙がります。その目標を達成すれば、相当安定的な状態になり得るだろうということです。
  まず、脱中東に関しては、当時8割ぐらいあった石油の中東依存度は、一時期7割弱まで下げられたのですが、今はほぼ9割ですから、当時よりも中東依存が高まっているという結果になってしまっています。脱石油はどうかというと、先ほどの主催の方のご挨拶にもありましたように、8割程度の依存から5割弱まで減らすことに成功しました。次に、「日の丸原油」という少しややこしい言葉が出てきますが、日本の石油会社は自らの油田をほとんど持っていません。ですから、外国から原油を輸入して、それを精製して売っているということで、どちらかというと販売の会社であって、開発部門が大変弱いのです。従いまして、これを何とか強化しようと頑張ってきたのですが、お金も掛かりますし、技術的にも問題があるなど、さまざまな要因から必ずしもうまくいっていません。
  では最後の備蓄はどうかといいますと、当時は60日分ぐらいしか備蓄はありませんでした。つまり、通常の石油会社が商売をする範囲で備蓄をしていたということで、国民の生活を守るための備蓄にはなっていませんでした。しかし、その後、備蓄法などが整備されまして、民間が独自に備蓄をすると同時に国家でも備蓄をしましょうということで、北海道から沖縄まで約10カ所で国家備蓄をしています。それを合わせますと、ざっと180日程度の備蓄体制が整っていることになります。石油が全量来ないということはまず現実的ではありませんから、10%や20%カットされるような状態になってもある程度はしっかりやっていけるという備蓄体制が整ったということです。従いまして、安定供給を軸にして考えますと、大ざっぱに言うと60〜70点ぐらいの対応をしてきたと言えるのではないでしょうか。
  ところが、情勢はさまざまな要因によってさまざま変化していきまして、エネルギーにも新しい要素が求められるようになりました。この節目になったのは、1983年にロンドンで開かれたOPEC総会ではないかと思っています。実は私もその場にいたのですが、OPECはそこで劇的な値下げを決めています。ここから、エネルギーはあればいいというだけでなく、今度は市場性というか、エネルギーといえども需給で値段が決まるということで、普通の商品的な側面が出てきたのではないかと思います。簡単に言うと、ライバルとして石炭やLNGが出てきて、さらに大事なことには原子力もようやく登場してしっかりした足取りで歩みだすというようなことがありまして、石油だけではいかなくなったという節目だったと思います。
  これは、市場性の登場と言っていいのかもしれません。もちろん、さらには環境の問題がこの辺りから少しずつ顔を出していたように思います。

U.厳しい経済性の追求

 日本は73年以降、10年間ぐらいは無我夢中で安定供給を求めて頑張ってきたのですが、それだけでは済まなくなって、今度は経済性が追求されるようになったわけです。その結果、エネルギーにも自由化の流れが出てきました。ご承知のとおり、電力も家庭用を除いて自由化が実現しています。普通の商品と同じなのです。家庭用については当分このままの規制料金でいきましょうということになっていますが、目に見えないところでは自由化が進んで、エネルギーも普通の商品という面を強めています。
  さらに石油についても、以前は石油業法というものがありまして、設備を造ってもいい悪いというようにいろいろ規制をしていたのですが、その法律を廃止しています。さらに言えば、自主開発原油、つまり日の丸原油にかかわって石油公団法というものがあったのですが、それも廃止しまして、石油公団は今、独立行政法人に変わっています。自由化がどんどん進んでいるわけです。
  体験ということでは、この二つの法律の廃止にかかわって、私は2度ほど国会で参考人意見陳述をさせていただきました。あえてそこでのエピソードをお話ししますと、石油ショックのとき、実は経済産業省(当時の通産省)の幹部の方が、石油業界は諸悪の根源だという烙印を押されました。ある石油会社が石油危機を利用して大もうけをしようとして「千載一遇のチャンス」という言葉を発したことに対して、役所の方から諸悪の根源だと言われたわけです。ところが時代は変わって、今、石油はほとんど普通の商品ですから、千載一遇のチャンスだからもうけろというのは優秀なサラリーマンであって、大いに頑張りなさいということになります。つまり、極め付きの国際政治商品であった石油が、普通の商品的側面を強めてきたというように、価値観が大きく変化したのです。
  以前、アラビア石油という石油会社がサウジアラビアとクウェートの間の中立地帯にカフジ油田とフート油田を持っていました。これは、日本が海外で成功した事実上唯一の油田と言えるかもしれません。今は新日本石油関係のベトナム・ランドン油田や出光のノルウェー沖の油田などいろいろあるのですが、誰もが納得してこれはすごいと言えるのは、恐らくアラビア石油の持っていたこの二つの油田だったと思います。この契約更新が2000年2月にありまして、サウジアラビアサイドは2000億強でボーキサイトを運ぶような国内の鉄道路線を造ってくれと言ってきました。ところが、日本国内では、石油といえどももう商品ではないか、そんなにお金を出して無理に確保することはないという風潮が高まっていまして、結局、アラビア石油は利権を失ってしまうという事態になりました。今どきの言葉で言いますと、私は大変もったいないことをしてしまったのではなかろうかと思います。やはりそのときの情勢によって判断される側面がありますので、仕方がないとも言えますが、今はもう油の価格が100ドルに迫ろうという時代ですので、当時は10ドル台だったと思いますが、今から考えると本当にもったいないと思います。
  いずれにしましても、安定供給という軸に、今度は経済性もある程度求めなければいけないという側面が出てきたわけです。競争原理がだんだん顕著になって、エネルギー間でもそういう問題がいろいろ起こっていますが、二つの要素が必要になってきたということです。

V.環境性への熱望

 続いて、エネルギーは安くて安定的にあればいいというのではまだまだ足りないということで、今は環境性が求められています。今日はエネルギー・環境教育の場ですから、環境については皆さんよくご存じだと思いますが、これもなかなか複雑な側面がありまして、私はどちらかというと環境促進派ではありません。別に環境は必要ないと言っているわけではなく、経済部出身なものですからどうしても生産者側に立って見てしまいまして、どちらかというと環境に対しては距離を持っているつもりなのですが、それでもここまで来ますと、もう環境問題を考えないわけにはいかないだろうと思っています。従って、環境会議にも積極的に出るようにしていまして、京都会議にも出ていましたし、アルゼンチンの4年前の会議にも出ていますし、その後、モントリオールに行きまして、去年はケニアに行き、来週はバリ島に行こうと思っています。ですから、一応環境問題にも首は突っ込んでいるのですが、正直言ってなかなか複雑な側面があります。
  京都議定書では、日本が1990年ベースで6%、EUが8%、一応あの当時はまだアメリカも入っていたのでアメリカは7%の削減と決めたのですが、ご承知のとおり、アメリカは直ちに離脱してしまっています。そのときにオーストラリアも一緒に離脱したのですが、先週、オーストラリアでは政権交代がありまして、新しい首相はバリ島で批准を宣言するのではないかと言われています。従いまして若干様相が変わってきたのですが、一方で、今年になってカナダが離脱を表明しています。実はこれもおかしな話で、われわれとしてはカナダは相当厳しいと言っていたのですが、モントリオールで2年前にCOP11が開かれたときには絶対に離脱せず、目標達成に向かって大いに頑張ると主張していました。ところが、どういうわけかもうできないということで、離脱してしまったわけです。
  日本はといえば、簡単に言えば、外交でEUに負けたというのが正直な実態ではなかったかと思います。私は本当に日本人というのはナイーブで純粋で正直な国民だと思うのですが、京都に世界から皆さんが集まってきた以上、下手な反対はできませんねという感じで、単純に受け入れてしまったのだと思います。あの当時から相当困難な目標だと分かっていたのですが、ようやく最近になりまして環境関連の学者の間でもこれはかなり厳しい、事実上不可能だと言ってしまった方が少し楽になるのではないかという議論さえ出ていまして、この問題も皆さんが考える以上に、国際政治の枠組みの中で考えていきますと、容易ではありません。
  また、この京都議定書の枠組みの中にはインド、中国が入っていませんし、ほかの途上国も入っていません。ご承知のとおり、インドも中国も毎年10%ぐらいずつ経済成長していますから、エネルギーの消費もものすごいのです。特に中国の場合は、あまりにも数字が大きいものですから考えるのも嫌になってしまうぐらいなのですが、例えば昨年1年間で約7000万kWの電力設備を造ってしまいました。7000万kWというと、東京電力よりちょっと多いぐらいの電力設備です。さらに今年も同じぐらいの目標を持っていまして、それも多分達成されるだろうといわれています。東京電力が70〜80年かかって造ったような設備を、たったの1年で造っているのです。あの国の場合は、必要があるから造らざるを得ないのだと思いますが、それが現実で、それも7割程度が石炭なわけです。ですから、この辺りまで黄砂が飛んできたり、あるいは酸性雨の影響があるなど、いろいろあるかと思いますが、中国の問題は環境にとっては軽視できない大きな問題になってきています。しかし、京都議定書には参加するつもりもないでしょうし、新しい枠組みもどうなるかというところです。
  来年からいよいよ京都議定書の実施期間に入ります。2008〜2012年の5年間で目標を達成しようというわけです。日本の場合、1990年ベースでマイナス6%ということは、現状より2割弱下げないといけませんので、これについては皆さんいろいろ意見があるでしょうが、私は事実上不可能だろうと思っています。世界的にも相当大変な国が多いのが事実で、EUの場合は全体として調整しますので、ある国ができなくてもほかの国がカバーするという形でやってしまうかもしれませんが、個々に見ていきますとかなり厳しいと言われています。
  では、一体われわれは何をすればいいのかというと、私はもうそろそろまじめに原子力発電の存在と環境問題をしっかりと結び付けなければいけない時代に入ってきているのだろうと考えています。原子力については安全性や廃棄物処理の問題という別の側面がありますので、なかなか単純に議論できないのですが、世界的な流れを見ていますと、先ほど申し上げましたCOPの場でも何回か原子力の話が聞かれるようになりました。これは大きな変化だと思いますし、今度のバリ島の会議でもかなり積極的な議論が行われるのではないかと思っています。
  この前タイで開かれましたIPCCの会議では、恐らく初めて原子力の環境問題に対する有効性に関する文言が載りました。現場に出た人の話を聞いたところ、かなりの議論が行われたのですが、地球温暖化効果ガスによる影響を受けているという現実に対して、やはり原子力を認めないとなかなか速効性のある具体的な対策ができないということになってきたのだと思います。ニューヨークタイムズはどちらかというと原子力に疑問を持ってきた新聞だと思いますが、「もう原子力反対だけは済まなくなった」という見出しを立てていまして、私も反対していればいいのだという時代はもう終わったのではないかと思っています。
  目下、環境についてはむしろポスト京都という議論が進められています。ここでは、とにかく全員参加型、つまり途上国だから免除するとか「おれは入らない」という国のないような、特にアメリカが入っていないと何とも問題が大きいので、全員が参加できるような形の枠組みを作ろうとしているようです。これは実際にどうやるかというとなかなか大変だと思いますが、そちらの方向に今動いていて、その中で原子力というものも、これまでのように反対しているだけではなく、積極的に認めた上で枠組みを作っていこうというような方向に動きだしつつあると私は確信しています。

[中間まとめ]

 今までのお話は、よく言われている3E(Energy Security、Environment Protection、Economic Growth)というような話なのですが、この三つの言葉を通してエネルギー問題を考えると、よく分かってくるというところがあります。
  一番いい例は石炭です。私は今、大学でエネルギー論を担当しているのですが、その中で石炭を触ったことがある人は、50人中1人しかいませんでした。見たことのある人が5人程度ですから、石炭は知っていても、現実感覚として知っている学生は1割程度しかいなかったということです。ご承知のとおり、日本の石炭は、今から4年ほど前、北海道の釧路にありました石炭鉱山がなくなり、代わりに海外炭が入ってきています。石炭は、CO2を出す量でいいますと、非常に悪いエネルギーです。悪いというのはかわいそうなのですが、CO2という基準でいいますとあまりいいエネルギーではないという側面がありまして、最近はどうも役所も電力会社に石炭火力ではなく、なるべくLNGを使ってほしいと言いだしているようです。では安定供給の面ではどうかというと、豪州が6割ぐらいを占めていますから、安定供給については非常にいい。値段も今は上がってきているのですが、石油と比べますと半分程度だと思います。ですから、安定供給面や経済性はいいのですが、環境上は悪いということです。では、石炭は駄目なのか、どう判断するのかということは、結構悩ましい問題で、私はちょっと石炭を悪者にしすぎているのではないかと思っています。
  こんな具合に見ていきますと、では原子力はどうか、プロパンガスはどうか、石油はどうかということで、こちらについては皆さんに実際の授業の中で学生さんや生徒さんと考えていただきたいと思うのですが、この三つの軸で考えますと、おおむねのところ納得がいくのではないかと思います。
  個人の価値観がありますから、「私は安ければいい」という人もいるでしょうし、「少々高くても環境性が高ければいい」という人もいるかもしれません。あるいは、「値段もそこそこ、環境もそこそこで、普通にあってくれればいいじゃないか。それが一番大事だ」という視点でエネルギーを見てみようという人もいるかもしれません。それはそれでいいのですが、一つ考えていただきたいのは、日本のエネルギー自給率は4%しかないということです。96%を海外に依存しているというのは異常な状況で、エネルギーについては極めて脆弱性の高い国だと思います。例えば先進国の中で電気が外国に直結していない国は日本だけではないでしょうか。日本だけがエネルギー孤立国という側面があるわけで、これはもう少し深刻に考えておかなければならないことだと思います。ですから、私は個人的に日本では安定供給に軸足を置いた政策を進めていくべきではないかと考えています。

W.社会性

 ここ10年ほど、私はそれに加えて4番目に社会性ということを力説しています。これは、三つの要素は直接的にエネルギーにかかわるものですが、社会性というか、時代の雰囲気のようなちょっとあいまいな部分がこのエネルギー問題にはかかわっていまして、その要素を織り込んでみるとまた一段違ったエネルギーの側面が見えてくるのではないかと考えたからです。
  私は1994年8月4日、新潟県巻町で行われた日本で初めての原子力の建設にかかわる住民投票の場で、ふとこのことを考えたわけです。2万人ぐらいの町だったと思うのですが、そこでの決定が日本全体の原子力政策を揺さぶりかねないような結果になりました。女性の中には泣いて喜んでいる方もいまして、どうも不思議な光景だと思いましたが、そういうふうに原子力が位置付けられてしまっているのかと思ったときに、社会性といいますか、その時代の雰囲気といいますか、場の雰囲気といいますか、そういうものもこのエネルギーにはかかわるのだと思ったわけです。
  続きまして、刈羽村でプルサーマルの導入にかかわる住民投票がありました。それから、三重県の海山町でもありました。また、東洋町の最終処分の話も事実上エネルギーにかかわる選挙だったと言えるかもしれません。考えてみますと、選挙をやると原子力は駄目だというとんでもないような状況が生まれてきていまして、これはもう社会的な問題として考えないと解決できないように思います。簡単に言いますと、私が巻町の町民で、原子力がわが町にやってくるというときに、私自身が本当に賛成だと投票ができたかどうか、つまり、そういう決め方自体が果たして妥当なものであったかどうかということです。オール・オア・ナッシングで決めてしまってはいけないことが世の中にはあるのではないでしょうか。
  一方、新エネルギーの人気は異常なほどです。今日は先生方ですからかなり理性的に話を聞いていただけると思いますが、講演の最後に必ず出てくるのは、新エネルギーへの期待なのです。風力がありますね、太陽光がありますね、バイオマスだってあるではないですか、従って原子力は要りませんという結論に至るわけですが、これは絶対に間違っていると私は思っています。もちろん新エネルギーが悪いわけではありません。ただ、新エネルギーで賄えるのは、現状、一次エネルギーの2%弱だと思います。ですから、期待は結構なのですが、その取って返す刀でばっさりほかの石炭や原子力をいじめるという論法は私は成り立たないのではないかと思っています。
  目下、私は経済産業省の総合資源エネルギー調査会の委員をしていて、その中でバイオマスのことも議論していますが、バイオマスについても同様に非常に大きく期待されています。最近は食物をアルコールにして自動車に食べさせていいのかどうかという疑問も出てきて、ちょっと複雑にはなってきましたが、それでも非常に期待されていて、今は3%までの混入が認められていますが、将来は恐らく10%程度までいくでしょう。しかし、国内の原料でやるということは事実上不可能ですから、今のところはブラジルのサトウキビを原料としていくのだと思いますが、地球の反対側から船で持ってきて日本で使うという状況が正常なのかどうか、あるいは一国に依存していて安定供給は大丈夫かという問題もありまして、これも単純ではありません。
  風力発電も結構問題が多く、倒れてしまうとか、ものすごい騒音で住民が苦しんでいるというところもあります。何となく風力ならいいなというところがあるかもしれませんが、現実のエネルギーとして考えると問題がないわけではないので、新エネルギーを否定するわけではありませんが、あまり新エネルギーに期待しすぎるのはどうかと思っています。
  エネルギー政策については、これまでは自由化を軸にやってきましたが、大きく安定供給に軸足が変わりました。この辺りもよく見ておかないといけない視点だと思います。
  さらに、私はまさに今日のようなエネルギー教育が非常に大事だと思っています。私自身は大学でしか講義をしていないので、その状況しかお話しできないのですが、やはり一番難しいのが原子力です。原子力だけ2コマ使って、3時間かけているのですが、どうしても原子力のところでつまずくのです。結局、50人の学生のうち、半分程度はちんぷんかんぷんというような状況のまま終わってしまうのが現状です。やはり核分裂というところでどうも一次方程式から三次方程式に飛び上がったような印象になるのか、それとも理解すること自体を拒否しているところもあるような感じがあるのですが、いつもここでつまずいてしまいます。
  これは笑い話なのですが、LP業界の方がある原子力発電所を視察して、2時間ぐらい説明を聞いた後、帰りのバスの中で「ところで、原子力発電所で何か火を見たかい」という話が出たそうです。やはり火力発電所をイメージするのでしょう。LPガス屋さんですから、「どこかで火が燃えていたのではないか」「でも見ていないよな」と話していたそうで、案内した電力会社の方が原子力を分かってもらうのは大変だと話されていました。
  ですから、非常に難しいのですが、それだけ教育が非常に大事だということだと思うのです。私としては一番分かりやすい新聞を使っていただけると非常にありがたいと思っています。今日の新聞でも、例えばガソリンの値上げについて載っていますので、そこからいろいろと話しを広げていきますと、相当なことができるのではないかと思います。最近は毎日のようにエネルギーの記事が出ていますので、私も学生にはせめて新聞ぐらい分かるになってくれと言っています。

[結論にかえて]

 今日は「安定性」「経済性」「環境性」「社会性」という四つの言葉をお持ち帰りいただいて、何かエネルギーの問題にぶつかったときにはこの四つの側面から生徒さんたちとも考えてもらえると、しっかりしたエネルギー像が出てくるのではないかと思います。例えば原子力反対という方もいらっしゃるでしょうが、原子力が反対であれば、その分のエネルギーを一体日本はどこから確保するつもりなのだというところまで突っ込んだ議論をしていただくと、それはそれで反対という立場も当然あるでしょうし、賛成という立場も相当あるでしょうし、疑問だけれども仕方がないという道筋だってあるはずで、いろいろな側面が見えてくると思うのです。その四つの側面をすべて満たすエネルギーなどあり得ないわけで、いろいろ議論する中でエネルギーについての認識が深まっていくと思いますので、ぜひこのプロセスを踏んでいただきたいと思います。
  特に、私は日本の責務というものがあると思っています。世界にはまだたくさんの途上国がありまして、お金を払ってエネルギーを確保するという生活をしていない人たちが10億人はいると言われています。簡単に言えば、山に行ってしばを刈ったり、わらを燃したり、あるいはふんを燃したりという形で、お金をエネルギーに使えないという人たちです。やはりこういう人たちにも化石燃料を使ってもらえるようにすることが、私はある意味日本の責務ではないかと考えていまして、その意味からも、原子力についても当然ある位置を与えておかないと、なかなか立ち行かないのではないかと思っています。
  これで私のお話を終わらせていただきます。ぜひこの4点を軸にして、生徒さんとエネルギーの問題を考えてみてください。答えは出ないかとは思いますが、そのプロセスの中で一種の方向性のようなものが見えてくるのではないかと思っています。ご清聴どうもありがとうございました。

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