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先生のためのセミナーレポート

 

 

テーマ: 総合的な学習における環境・エネルギー教育セミナー
 「 確かな学力と総合的な学習」
開催日時: 平成16年11月25日(木) 13:30〜16:40
場所: 福井新聞社「風の森ホール」(福井市)
主催: 中部経済産業局電力・ガス事業北陸支局
後援: 福井県教育委員会、石川県教育委員会、富山県教育委員会、福井市教育委員会、福井県中学校長会、福井県小学校長会、福井県中学校教育研究会、福井県小学校教育研究会
主管: 福井県環境・エネルギー懇話会
内容:
■講演
  
テーマ: 「確かな学力と総合的な学習
   (環境・エネルギー教育を通じて)」
講 師: 信州大学教育学部教授 社会科教育・前文部省教科調査官
    澁澤 文隆 氏

(要旨)
  1年ほど前、国立教育政策研究所が英語や数学の高等学校の学力調査とアンケート調査の結果を公表した。半数以上の高校生が、学校の授業以外に勉強していないと答えている。授業以外で勉強している高校生は、大学等の進学を目指しているか資格試験で資格を取ろうとする高校生だった。これは今、勉強というものは、テストのためにやっているということを表している。
  一方、「学力の低下」が今盛んに行われ、授業時数の削減、総合的な学習の時間や学校5日制の導入のせいで子供たちが勉強する時間が不足し学力が低下したのだと議論されているが、果たしてそれだけなのか。
  私たちは、人間として誕生して以来、知らず知らずのうちにいろいろな体験をし、認識の世界を広げてきているが、最近の子供とちょっと前の子供たちの、この学びの世界が、どうも違うのではないかと思う。今の子供たちには勤労体験、社会体験、自然体験が足りず、子供たちの体験の世界が非常に狭まってきている。
  うちの大学院生が、小学校1年生の子供たちで、夏休み前までにひらがなの50音の字がどうしても覚えられない子供がいると言うので、その共通点を聞いてみると、みんなテレビゲームに凝っているという。あれは、視覚的にはピコピコ動くし、音の世界も入っているのだが、その中で子供たちは言葉の世界に触れることはない。子供たちが50音の「あ」という字を覚えるには、その前に「あ」がつく言葉をいろいろ使って、覚えてしまっていることが不可欠なのだ。要するに今、子供たちがその成長の中でいろいろなものを体験し、身に着けていく学びの世界が、かなり偏りを見せている。そのことが、同じように指導していても、うまく子供たちの身に着かない一つの背景を生み出してきていると思う。
  学力向上対策は、今いろいろなところで執られているが、その成果の把握をほとんどペーパーテストに頼っているので、作問技術の限界から、結局、学力の向上対策がテストに強い子を育てる対策になってしまっているのが現状。変化の時代には、覚えるという完了形、過去形の学習ではなくて、現在進行形の中で学習を展開する能力を身に着けていかないといない。また、「鉄は熱いうちに打て」ということわざで言うなら、打ちどころの時期は恐らく小中高という、児童期から青年期である。
  では、「学力の低下」で知識がなぜ大きく主役の座に立つようになったのか。それは、「新しい学力観」や「生きる力」で大事だと言っている能力が伸びていないからだ。知識の低下は、思考力、判断力、研究に対する意欲がしっかり育っていれば、恐らく指摘されなかっただろう。
  思考力や自ら学ぶ意欲等が伸びていない理由は、やはり指導されていないからだ。多くの先生方が、自ら学ぶ意欲をつけさせることに対して非常にとまどいを見せている。現状では、学び方も関心・意欲も思考や判断の力も、やはり学習活動の中での指導にとまどっており、そのとまどいの中で行われているから、結果的にそういう能力がうまく育たないのだ。
  キーワードの「確かな学力」を身に着けさせるためには、教科で学んだものを実際に使ってみたり、教科ごとに学んでいる成果が関連づいてくる場面がどうしても必要なのだ。また、それを生きる力、生きて働く力にしていくためには、もう少し実際の場面に当てはめていく営みが必要だ。
  例えば、地理で時差の計算などをすると、嫌がる子供たちがたくさんいる。本当は正と負の計算の原理をちょっと使うだけで簡単にクリアできるだが、社会科の授業のときには、そういうことをあまりやってくれない。また、老年人口率のような統計処理でちょっとした計算をさせると、途端に成績が悪くなる。子供たちは、この教科の勉強のときにはこの教科の勉強だけをするのだと、意外に使い分けてしまう。
  よく「学校知」と「生活知」という。学校で学んで、学校で育って、学校で死んでいく知と、生活の中で生まれ育って、生活の中で生かされていく知というものがあるが、その学校知と生活知を一体化する活動、場面が、実は生きる力や確かな学力を育てる中で非常に重要なのだ。では、そういう場面をどうやって作っていけばいいのか。教科の学習で行うのはもちろん非常に重要だが、先生たち以上に子供たちは教科の学習に枠をはめているので、ここで総合的な学習の時間の位置づけが非常に重要となる。総合的な学習の時間は、基本的には学校知と生活知の一体化の場面であり、各教科で学んだ成果を発揮する場なのだ。
  総合的な学習の時間が、なぜ内容まで示さなかったのか。それは、知の総合化を図るには、地域に根ざし、子供の生活の中に根ざしたほうがいいからだ。だから、できるだけそういう中で、子供たちの学んだ成果を発揮する場を作らなくてはいけない。また、今、総合的な学習の時間でいちばん足りないのは、教科の学習の成果に気づかせる指導だ。総合的な時間での課題が解決できるようになったのは、国語や理科で学んできた成果があるからだと気づかせることが必要なのだ。
 今、総合的な学習の時間だけでテーマを作って、どうも難しいことに取り組ませてしまったり、逆にうまく発揮させない場面を作って、単なる遊びになってしまっている。しかし、総合的な学習の時間の運用では、現代っ子だからこそ今、身に着けさせたい、体験させたいということがあるはずだ。エネルギー教育も、まさにその一環だ。これからの社会を生きていくときに、どうしても不可欠な、みんなが考え、取り組んでいかなければならない課題がある。各教科の中だけではうまく学べない内容がある。そのような場合、総合的な学習の時間は各教科で学んだ成果を発揮しやすい場であり、エネルギー教育だからこそ取り組める要素もいろいろとあるのだ。また、そういう課題になればなるほど、小さいころから時期に応じて学んでいくことが非常に重要になるので、その点でも取り組みやすいテーマだ。
  一方、エネルギー教育には入りにくい条件もある。一つは、エネルギー教育に限らず環境教育でも福祉や健康教育でも、「○○教育」というのは、何となく一過性に過ぎていってしまうということだ。しかし、実は○○教育といわれているものは時代の要請が非常に強いもので、かなり学びがいのあるものになっており、得られる教育効果は大きいと思う。けれども、中学校などでは、結局、学習指導の価値観が受験に圧倒されてしまっており、受験から見ると、○○教育というものは、はるかに軽いものという感じになってしまう。しかし、ちょっとスパンを長く見ると、受験にしか役に立たない勉強だけをやっていて、子供たちの生涯の能力の開発ができるのだろうか。鉄は熱いうちに打たなくてはならない。
  エネルギー教育からも、長期的に見るという点では似たことが言える。アイヌの人たちは、「自然の利息で生活をしている」という。人間が自然と共に生きようと、利息だけで生活しようと考えたとき、一体どのくらいの人間が生きていくことができるのか。私たちは、すでに自然の利息だけでは生活できないだけの人口を抱えており、生活の水準も、多分自然の利息だけではとてもやっていけない。そういう面では資源もエネルギーも相当な形で消費している。恐らく、自然科学的には人類は必ず滅亡する。それがどういうスパンで滅亡するかを考えたときに、今できることは何なのかを考えてみると、やはり、エネルギーや環境教育をしっかりやっていかなければいけないのだ。また、我々の生活そのものは、どうしても資源をかなりの形で食いつぶしており、環境も確実に汚染し、破壊している。しかし動物たちと違い、人間には知恵があるので、そういうものの見通しや予測を立てながら対策を打てる力がある。今は、人間の持っている知恵のいちばんの発揮しどころなのだ。
  一方で、エネルギー環境教育は生涯学習の課題だから、学習の適時性をもっと真剣に考えたほうがよい。
  例えば、小学4年生くらいの子供は一生懸命頑張ってくれるので、夏休みの宿題に省エネの活動を出し、エアコンの調整をしっかりしよう、電気冷蔵庫の開閉に気をつけよう、テレビの待機電力ももっと管理しようと働きかけると、子供は本当に一生懸命やってくれるのだが、問題はそのあと。5年生になって、また夏休みに省エネをやろうと呼びかけると、子供たちの中に、「えー」と反応する子供たちがかなり出てきて、中学校ぐらいになると、エネルギー教育という言葉を聞いただけで逃げ腰になってしまう。なぜなら、ある時期の徹底した活動は、実は忍耐、我慢をかなり印象として残すからだ。4年生ぐらいの素直な子供たちに一生懸命働きかけると徹底してやってしまうものだから、その余韻として我慢や忍耐の印象が非常によく残ってしまう。夏休みの省エネ教育が本当に効果的かというのは、もっと考えたほうがいいと思う。
 省エネ活動が重要だとしっかり頭の中でも認識でき、また、課題意識もしっかり醸成されたころに徐々にやってはどうか。ある時期だけいっぺんにやっても長続きしないし、我慢をあまり早い段階から体験させていいものか。生涯学習だから一過性では困る。継続性を重視すると、一体どういう学習をどの時期にどういうふうにやればいいのか。今、少し焦りすぎていないか。子供が素直に言うことを聞く時期ばかりをとらえて、やりすぎていないかを考えていく必要があると思う。
 恐らく冬休みだと電気だけでなく代替するエネルギーなど、いろいろなエネルギーを同時に使うので、もっと効果的に学ぶとすれば、むしろ冬のほうがいいかもしれない。
 また、今、出前授業でも何でもみんな小学校へ行ってしまっているが、自我に目覚めて自分の意思を持って、いろいろなものをやっていくときに、生涯学習の課題意識を醸成できるとすれば、本当に重要なのは多分、中学生、高校生だ。もっと中学生や高校生を視野に入れたエネルギー教育を展開していかなくてはいけない。
 さらに、エネルギー教育は実は環境教育と通じているところがある。エネルギー教育の基礎に、人類愛や郷土愛という「愛の心」を育てる必要がある。何のためにこのような活動をするのかを考えていくと、郷土愛、生まれ育ったこの地域が好きだとか、この国が好きだ、地球全体の中で人類が生き延びていくことが大切なのだということになる。だから、いきなり人類愛までいかないにしても、自分の家族を愛し、家族が住んでいる地域を愛し、あるいは仲間がいるその郷土を愛するという気持ちをしっかり育てていかないといけない。エネルギーの問題にしても環境の問題にしても、生涯にわたって取り組んでいくことを考えたときには、その辺をしっかり醸成していくことを考えていかないと、多分難しい。
 そういう面では、道徳なども視野に入れながら、エネルギー教育を展開していく部分も必要。エネルギー教育の持っている深さ、広がりは、そんなに狭くはない。今、エネルギー教育にしても、ほかの教育にしても、非常に短いスパンで考えすぎているのではないか。もう少しスケールを大きく考えながら、子供たちの成長をしっかり助けていく教育を展開していくことが重要だと思う。

■実践校事例発表
   

テーマ: 本校の環境・エネルギー教育実践の概要について
発表者: 鯖江市鳥羽小学校  田中 信清 氏

テーマ: 教科等と「総合的な学習の時間」との関連による
              エネルギー・環境教育
発表者:

京都府山城町立山城中学校  尾野 和広 氏

    

■環境・エネルギー教育のための教材づくり
   (有)PTP

ミニ発電模型工作の様子
ミニ発電模型工作の様子
ジオラマ展示

 

 

 

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